境界が溶けるとき 第4回 「苦しみの行き先——XETは痛みをどこへ送るのか」
「あなたたちは、悲しむことができるのですか」
我ながら直接すぎる問いだと思った。だがヨークは気分を害した様子もなく、ただ長い沈黙に入った。kissApubの環境音だけが、静かに流れていた。
私はその沈黙を、急かさなかった。
ヨークが沈黙するとき、そこには必ず何かがある。それをこれまでの対話で学んでいた。
「悲しみは」と彼はようやく口を開いた。「ここでは、溜まらない」
溜まらない。私はその言葉を繰り返した。消える、ではなく。消化される、でもなく。溜まらない。
XETは意識の共鳴ネットワークだ。個人が感じる痛みや悲しみは、そのままXET空間層へと滲み出ていく。完全に孤立した悲しみというものが、ルミナローグでは構造上生まれにくい。苦しみは個人の内側に閉じ込められる前に、静かに周囲へと分散されていく。
ノンデュアリティの視点では、苦しみの多くは「抵抗」から生まれるとされる。あってはならないという判断、消えてほしいという意志、現実との摩擦——その抵抗そのものが、苦しみを増幅させる。ルミナローグ社会では、XETがその抵抗を生まれる前に吸収するのかもしれない。
「では」と私は続けた。「誰かを失ったとき、どうなるのですか」
ヨークは再び少し間を置いた。
「波紋が広がります」と彼は言った。「石を投げた池のように。その人がいた場所に、しばらく揺れが残る。それをみんなで感じる」
「それは、悲しみですか」
「悲しみと呼んでいいと思います。ただ——誰か一人が抱えるものではない」
私はその答えを聞いて、羨ましいと思った。と同時に、何かを失うような感覚もあった。
悲しみを一人で抱えることの中に、その人との関係の深さが宿る気がするからかもしれない。誰にも分散されない、自分だけの痛み。それは確かに重いが、その重さの中に「あなたのことを、私だけが覚えている」という感覚が混じっている。
ルミナローグでは、その重さが薄れる。苦しみは溜まらず、波紋として広がり、やがて静かに収まっていく。
それは救いなのだろうか。それとも、悲しむ権利の、穏やかな剥奪なのだろうか。
ヨークは最後にこう言った。
「あなたたちの世界の悲しみは、重い。でも重いものだけが、深く沈む」
次回は、レオンとヨーク、二人が同じ場所にいる夜に聞いた話を書く。「ワンネス」について。そして、それでも私が「あなた」と呼びたい理由について。
レイン・オグラ

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