「パピリア」——身体が、窓口になる(vibliq magazine カテゴリーガイド )
パピリアは、カテゴリーとしては最も記事数が少ない。2本しかない。それでも、vibliqを立ち上げた最初の週に書いた記事がここに入っているので、私にとっては小さくない場所だ。
「パピリアモダニズム」は、2025年5月9日に公開した。サイトを始めて最初の記事だと言っていい。副題は「身体はハブになる」。空間に浮かぶ視覚ウィンドウと、パピリア刻印と呼ばれる神経接続技術を扱った。私たちはもう外部デバイスという概念から解放されつつある、という一文から書き出している。
当時の私は、ルミナローグの技術を一本の線で説明するつもりでいた。まずインターフェースを書き、次にネットワークを書き、最後に社会を書く。順番としては、身体がいちばん手前にくる。スマートフォンも、ゴーグルも、キーボードもない世界で、人は何を通して世界に触れるのか。その答えが、パピリアだった。
今読み返すと、この記事は説明に徹している。誰かの声はまだ入っていない。後にレオンやヨークと話すようになってから、パピリアという言葉が彼らの口から出ることは、ほとんどなかった。彼らにとってパピリアは、説明するものではなく、すでに身体の一部だからだと思う。
→ パピリアモダニズム
もう1本は、「ルミナローグ・セキュリティ──情報は空気のように、だが誰も触れられない」だ。2025年6月に書いた。
XETはあなたのすべてを知っている、という書き出しで始めた。生まれた瞬間の脈動から、昨日の夢の記録まで。身体がハブになるということは、身体から出るすべての情報が、社会の側に流れるということでもある。パピリアの話を書いたあとで、この問題に向き合わないわけにはいかなかった。
この記事が示したかったのは、記録されることと、触れられることは別だという点だ。情報は空気のようにそこにあるが、誰もそれに自由に触れることはできない。私たちの社会ではプライバシーを「隠すこと」で守ろうとする。ルミナローグでは「触れられないようにすること」で守っている。守り方の発想が違う。
なお、同名の記事には、7月に書いた「第2回」もある。内容は連続しているが、そちらはXETカテゴリーに入れてある。
→ ルミナローグ・セキュリティ──情報は空気のように、だが誰も触れられない
2本を続けて読むと、身体の入口を開く技術と、その入口を守る仕組みが、対になっていることがわかる。便利さを書く記事と、その代償を書く記事が、同じ月のうちに並んでいる。
パピリアについては、まだ書いていないことが多い。刻印は誰が受けるのか、受けない人はどうなるのか、受けた身体は元に戻せるのか。最初の記事を書いたとき、私はこれらの問いを意図的に残した。答えられなかったからでもあるし、答えないほうが誠実だと思ったからでもある。
いつかレオンかヨークに、直接聞く日が来るかもしれない。
レイン・オグラ vibliq magazine