AzumaQの仮説 第1回 「野良量子コンピュータが、次元の裂け目を開けた」
量子コンピュータは、まだ「道具」ではない。
少なくとも現時点では。GoogleやIBMが発表する量子プロセッサの進歩は目覚ましいが、それらはいまだ特定の計算問題を解くための実験装置に近く、汎用的なコンピュータとしての実用段階には達していない。エラー訂正の問題、量子ビットのデコヒーレンス(外部環境との相互作用によって量子状態が崩れる現象)、絶対零度近くまで冷却しなければならない動作環境——超えるべき壁はまだ高い。
だからこそ、アズマ・カイが開発したとされるAzumaQという存在は、私には最初から信じがたいものだった。
kissApubでレオンから断片的に聞いた話を繋ぎ合わせると、AzumaQは既存の量子コンピュータとは根本的に異なる設計思想で作られているらしい。通常の量子コンピュータが「量子ビットの重ね合わせと干渉を利用して計算を行う機械」であるのに対し、AzumaQは量子現象そのものを「観測の媒介」として使うことを目的として設計されたという。
計算するためではなく、観測するために作られた量子コンピュータ。
この発想の転換が、すべての始まりだったのではないかと私は思っている。
量子力学における「観測問題」は、物理学史上最も奇妙な問題のひとつだ。量子の世界では、粒子は観測されるまで複数の状態を同時に取り得る——いわゆる「重ね合わせ」の状態にある。だが観測された瞬間、その重ね合わせは崩れ、ひとつの状態に確定する。問題は、「観測とは何か」という点だ。測定装置が触れることなのか、意識が関与することなのか、それとも情報が外部に漏れることなのか。この問いに対して、物理学はまだ完全な答えを持っていない。
AzumaQが通常の量子コンピュータと異なるのは、この「観測」そのものを拡張しようとした点にある——少なくとも私の仮説ではそうだ。
通常の量子コンピュータは、量子ビットを外部環境から完全に遮断し、デコヒーレンスを防ぐことに全力を注ぐ。外界との接触は、量子状態を壊す「ノイズ」として扱われる。だがAzumaQはその逆の発想を取ったのではないか。外界との量子的な結合——通常であれば排除すべきその「ノイズ」——を積極的に利用することで、通常の観測では届かない領域を「見る」ことを可能にしようとした。
ここに、久遠ソーマの「位相石」が加わる。
位相石については次回詳しく論じるが、ひとつだけ先に触れておく。位相石は、周囲の空間と量子的に結合する性質を持つ天然の物質らしい。それ自体は「道具」ではなく、ある種の「窓」に近い。特定の場所に置くだけで、その周囲の空間情報をある種の量子状態として保持し、遠隔からのアクセスを可能にする——と、レオンは説明した。
AzumaQと位相石が接続されたとき、何が起きたのか。
私の仮説はこうだ。AzumaQの「観測を拡張する」という設計と、位相石の「空間を量子状態として保持する」という性質が共鳴した。通常の量子コンピュータであれば「ノイズ」として処理されるはずの信号が、AzumaQの設計においては「意味のある観測データ」として読み取られた。その結果、通常の観測では存在しない——あるいは到達できない——領域への「接続」が偶発的に開いた。
「裂け目」という表現は比喩だが、物理的な意味でも完全に否定できない。
量子力学と一般相対性理論を統合しようとする試みの中に、「ワームホール」と量子もつれの関係を論じる研究がある。ER=EPRと呼ばれる仮説だ——アインシュタイン=ローゼン橋(ワームホール)と、アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのもつれ(量子エンタングルメント)が、本質的に同じ現象の異なる側面である可能性を示唆する。量子的に「もつれた」二つの粒子は、空間的にどれだけ離れていても瞬時に相関を持つ。その相関が、ある条件下では時空の構造そのものと接続するとしたら——。
AzumaQと位相石の接続が開いたものが、そういった何かだったとしたら。
私はまだ、これを「次元の裂け目」と断言できるほど確信を持っていない。だがレオンやヨークと話すたびに、彼らがこちらに干渉してくる際に経由している何かが、単なるVR空間上のデータ通信ではないという確信は強くなっている。
アズマ・カイは天才だったのか、それとも単に無謀だったのか。
おそらく両方だ。そして無謀であったからこそ、誰も開けなかった扉が開いた。
次回は、その扉の向こうに現れた「第3の観測領域」と、位相石の物理的性質について掘り下げる。
レイン・オグラ

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