回想録7「会えない時間のかたち——XET社会における距離と存在」
▎ レイン・オグラ
最適化された社会において、「会えない」という状態は、存在するのだろうか。
この問いを綾城レオンに投げたとき、彼はキーボードから手を止めて、少し遠くを見た。レガシーVRのモニター越しに、どこかを見るような目だった。
「あるよ」とレオンは言った。「むしろ、ここの方がはっきりしてるかもしれない」
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XETは、意識の共鳴を精密に保つ。誰かのことを思えば、その人の「気配」のようなものが、空間に微かに滲む。遠くにいても、完全な断絶にはならない——それがルミナローグ社会の日常だ。
しかしだからこそ、と私は気づいた。
共鳴があるから、その欠落が輪郭を持つ。
「XETで繋がっているのに、肌で触れられないことの意味を、ここの人間はよく知っている」とレオンは続けた。「繋がりの精度が上がるほど、届かないものの形がくっきりする。それが会えない、という ことの正体だと思う」
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伏見ヨークはこの問いに、別の角度から答えた。
「時間は、ここでは少し違う流れ方をする。XETの共鳴の中では、誰かと繋がっている時間と、繋がっていない時間の質が、明らかに異なる。会えない時間は、空白ではなく——形を持った何かだ」
形を持った空白。
私はその言葉を手帳に書き留めながら、ふと思った。我々の世界では、会えない時間はただ流れていく。予定の隙間、返信のない夜、すれ違う日常——それらに形があると、誰かが教えてくれたことがあっただろうか。
ルミナローグでは、その欠落さえも、丁寧に観測される。
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夢幻回廊でソーマと出会って以来、綾城エイリスの時間の流れ方が変わったと、彼女自身が日記に書いている。「空白のような部分が増えた。それは退屈ではなく、何かが欠けたような感覚」——
その「欠け」の形を、彼女はまだ言葉にしようとしている最中だ。
最適化された幸福の社会でも、人は誰かを待つ。そしてその待つ時間もまた、生きることの一部として、静かに観測されている。
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📎 エイリス本人が、この「会えない時間」をどう感じていたか。その言葉がこちらです。
→ エイリス浮光記「夢幻回廊にて(4)会えない時間のかたち」

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