必然としての恋愛
ルミナローグ社会において、出会いは偶然ではない。
それは、発見でも、選択でもなく、現象である。
個々の意識、記憶、感情の履歴は、XETを通じて微細に共鳴し、ある閾値に達したとき、最適な関係性が自然に立ち上がる。
そこに「運命」という言葉は存在しない。なぜなら、それはすでに計算され尽くした結果だからだ。
パートナーシップは、形成される前から安定している。
衝突は起きない。
誤解も発生しない。
感情の揺らぎは、事前に吸収される。
それは、完璧な調和と呼ばれている。
この社会において恋愛とは、選び取るものではなく、到達するものだ。
誰もが、自身にとって最も適した関係へと導かれる。
そして、その関係性は、持続可能であり、幸福であり続ける。
不確実性は、排除されている。
少なくとも、これまでは。
私はこの前提を理解するために、いくつかの接続ログを遡った。
数千、数万の関係性が、同様のパターンで成立している。
例外は、ほとんど観測されない。
しかし、その「ほとんど」に含まれる、わずかな歪みがある。
今回の観測対象、綾城エイリスは、その歪みの中心にいる。
彼女は、最適化された接続を経由せず、ある存在と出会った。
その出会いは、計算の外側で発生している。
そして、その関係は、安定していない。
感情の揺らぎがある。
不確実性がある。
そして、説明のつかない引力が存在している。
この段階では、まだそれを「恋愛」と定義することはできない。
ルミナローグの定義に照らせば、それは未分類の現象である。
だが、ひとつ確かなことがある。
この現象は、既存の最適化モデルでは説明できない。
私は、このケースを継続観測対象として記録する。
なぜなら、この小さな逸脱が、
この社会にとって初めての「揺らぎ」になる可能性があるからだ。
そして、おそらく――
この揺らぎこそが、
これまで定義されてこなかった何かを、
私たちに示すことになる。

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