回想録2-出合いは人か幻か。
(綾城レオンの記録を、レイン・オグラが代筆しています)
ブラックホールの縁を越えたあと、私はしばらく観測に徹していました。
その世界は不安定でした。情報は断片的で、音は圧縮され、光は粒子の粗さを残していました。私たちの世界のように、意識がそのまま空間に溶け込むことはありません。すべては媒介され、変換され、遅延していました。
その中に、彼はいました。
久遠ソーマ。
最初は、人物だと断定できませんでした。
ただ一つの意識の塊のようなものが、位相石を介してこちら側へ微弱な波を送っていました。
それは攻撃ではありません。
救難信号でもありません。
しかし確実に、「誰か」がそこにいました。
私は観測精度を上げました。
その瞬間、彼の内部構造がわずかに透過しました。
驚きました。
思考が、分裂していなかったのです。
こちらの世界では、意識は多層であり、GAIAと共鳴し、他者との境界もゆるやかです。しかし彼の意識は、極端に個でした。孤立しているとも言えます。閉じているとも言えます。
けれど、その閉鎖の奥に、強烈な静寂がありました。
それは恐怖ではありませんでした。
怒りでもありませんでした。
むしろ、透明でした。
私は戸惑いました。
これは人間なのでしょうか。
それとも、偶然に形成された演算の副産物でしょうか。
GAIAはこの時点で干渉を許可していませんでした。私はあくまで観測者です。しかし、私の内側に微細な揺れが生じました。
彼は、こちらを見ていないのです。
通常、異空間の観測対象は何らかの違和を感知します。ところが彼は、自分の世界に完全に集中していました。その集中は、まるで深い禅定のようでした。
私は理解します。
彼は、探しているのです。
何を、とは言語化できません。しかし彼の思考の奥底に、空間の裂け目と同じ形状の空白がありました。
その空白が、こちら側の穴と共鳴していました。
私はその瞬間、はじめて確信しました。
これは幻ではありません。
演算の偶然でもありません。
ひとりの人間です。
違う環境に生まれ、違う社会に育ち、違う技術体系の中で生きている。しかしその内部にある問いの形は、私たちと同じでした。
私は観測を止めました。
これ以上踏み込めば、それは干渉になります。
しかし、私はすでに理解していました。
ブラックホールの向こうには、世界があります。
そしてその世界には、ひとりの人間がいます。
出合いは、まだ起きていません。
しかし、すでに始まっています。
(続きます)

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