
執筆者 レイン オグラ2025年9月1日
芸術──「自己」を消すことで触れる“わたしたち”
VIBLIQ特集:感情と共鳴の時代のクリエイション
かつて芸術とは、創造者の「内的宇宙」を個別化し、唯一無二のスタイルや署名性によってその価値が定義されてきた。だがルミナローグ時代の表現者にとって、もはや“アーティスト”は創造者というより「共鳴者(Resonator)」である。
ルミナル社会において、表現とは自己の感情を他者に“響かせる”行為だ。誰が作ったかではなく、それがどんな感情スペクトルを引き起こしたかが評価の核心となる。この変化を支えているのが、XETと連動する**Empathic Log(共感ログ)**の存在だ。
Empathic Logは、鑑賞者の脳波・表情・心拍・微細な筋肉反応をリアルタイムで読み取り、体験中に起きた「共鳴の地図」を生成する。つまり「観た/聴いた/触れた」といった受動的な接触だけでなく、「そのとき心がどう動いたか」までを含めて芸術作品の一部として記録されるのだ。
この仕組みがもたらしたのは、作者性のフェードアウトである。アート作品の多くは、匿名あるいはハンドルネームで公開されることが増えた。AIが補完的に創作に関与している場合、その“作者”の輪郭はさらに曖昧になる。だが不思議なことに、それでも人々は作品と深く繋がる。
それは、XET上に記録された他者の共感ログに触れることで、自分の感じたものが「私だけではない」とわかるからだ。これは、もはや芸術が自己表現ではなく、関係性の再構築となったことを意味する。
自己を消すことで、より深く「わたしたち」に触れられる。創造とは孤独な産物ではなく、親密性のネットワークの中で響き合うもの。その静かな進化を、ルミナローグ時代の芸術は私たちに教えている。
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