ルミナローグ・セキュリティ──情報は空気のように、だが誰も触れられない
文:レイン・オグラ(未来倫理ライター/vibliq寄稿)
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XETは、あなたのすべてを知っている。
生まれた瞬間の脈動から、昨日の夢の残響まで。
だが、それを“取り出す”ことは、ほとんど誰にもできない。──いや、“必要がない”のだ。
ルミナローグ社会の情報セキュリティは、かつてのように「守る対象」ではない。
それは「存在している事実」として、ただそこに“漂っている”もの。
空気のように、ダークマターの中を静かに浮遊しながら、誰からも狙われることなく共鳴を続ける。
すべての個人情報はXETによって自動的に記録され、自己のパピリアと同期してゆく。
だが、それを誰かが“見る”には、「人・機会・必要性」の三つが一致しなければならない。
そして、その照会結果は、「YES」か「NO」だけ。
その理由も中身も開示されることはない。情報に触れずして、必要性だけが答えを得る。
この非対称的プロトコルは、ルミナローグ社会では「質問の質」をこそ問う。
「この人は、この空間に入っていいですか?」
YES
「この記憶とこの人は一致していますか?」
NO
──それだけだ。
ときにXETは、“情状酌量的”に判断を変えることもある。
あるいは「今は答えられません」という揺らぎの判断を返すことも。
それは冷たいアルゴリズムではなく、人間的な温度差を読み取る感応的システムとして設計されているからだ。
ルミナローグでは、虚偽や欺きといったダークな感情が希薄だ。
だから、セキュリティを“防御”として設計する必要がない。
むしろ、人間の存在そのものが「正直なデータの流れ」として記録されていく。
赤子が生まれ、左腕にパピリアドットが刻まれた瞬間から、
その情報は、量子共鳴によって自動的にこの社会に“繋がる”。
人が記憶しなくとも、意識しなくとも、XETはその人の存在を“受け取って”いる。
かつて、人類は深層意識を「阿頼耶識(アラヤシキ)」と呼んだ。
忘れられた記憶、過去の因果、あるいはまだ現れていない欲望。
それらを無意識の奥に封じ込めてきた。
だが今、それは量子ダーククラウドの中に、パピリアと共に漂っている。
私たちが「この世界に在る」ということそのものが、すでに最大のセキュリティなのだ。
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このルミナローグの「セキュリティなき安心感」は、今後さらに多様な領域へと拡張されていくことになるだろう。次回は、このセキュリティ構造がどのようにして“司法”“医療”“創作”といった制度に応用されているかを追っていく。
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